11年前はいちファンだったというバンドが、ステージに立っている。
時の流れを強く感じる今回のAIR JAM。
みんな楽しそうに、噛み締めるようにハイスタの舞台を整えていった。

そして、BRAHMANの登場。TOSHI-LOWが会場をひとつにした。
AIR JAM2000のステージ裏で起こっていたショッキングな話も、
彼は洗いざらい僕らに話してくれた。観客席に飛び込み、キッズと一体になって、
一生懸命、気持ちを伝えてくれた。「おそらく今日を一番楽しみにしていたのは俺たちBRAHMANです」
「いつもライブで死んでもいいと思ってたけど、今日だけは次のバンドが観てえ」と。
最後に唄った『霹靂』は、さっきまで右へ左へ身体をぶつけて大暴れしていたキッズを圧倒し、
ただ、ただ、その場で静かに曲を聴かせた。彼の覚悟は特別だった。
一緒に行った友人も「これは後世に残るライブだ」と言った。
午後8時過ぎ、ハイスタ登場。
この日をずっと夢見ていた。
「俺たち日本を救うために集結したんだから。いや笑わないでくれって、これほんとなんだって」
KENさんが、気持ちを確かめるように言う。
「俺らが力を合わせれば、できないことなんてねえ! だって、今日だってできたじゃねえか!」
難波さんが、会場に向けて力強く叫ぶ。
そして静かに、でも確かに熱い想いを秘めて、
前の2人を見守る恒さん。
昔キッズだった僕らの与太話に過ぎず、
決して叶わないと思っていたハイスタの復活は、
奇しくも東日本大震災がきっかけとなり、AIR JAM2011という形で11年ぶりに実現した。
「東北に届け! 明日につなげよう!」と、難波さんは僕たちに何度も呼びかけている。
正直、音楽が持つ力をナメてたな、と思う。
その場にいて初めて理解できた。とんでもないってことに。
戦争や災害で物理的に破壊されるものには抗えないこともあるけれど、
信じるものを持ち、折れない心で向かっていけば、
たとえ時間はかかったとしても、世の中にできないことなんてないんだ。って。
大学生活のすべてを捧げたと言っても過言ではないハイスタが、
いま、ふたたび、目の前で唄っている。
呼吸もできないくらいギュウギュウになるアリーナ。
次から次へと泳いでくるキッズたちの踵を顏に受けても、
僕は彼らの姿を少しでも近く、少しでも鮮明に目に焼き付けようと必死だった。
全曲ソラで唄える。自然と歌詞が出てくる。
途中、僕はモッシュピットから距離を置き、
ひとり、目をつぶって演奏を聴いていた。
涙が止まらなかった。
横浜スタジアムに集まった3万人も、
1曲1曲を身体全体で、魂の全てで、
ただ1つの音符も聴き漏らすまじとしていた。
「よーし、始めようぜ! また来年会おう!」
難波さんが最後に言ってくれた言葉で、
これから前向きに、元気に、生きていけそうな気がした。
どんなことでもいいから実行することの大切さを学んだ。
ひとりの力は小さくても、みんなで集まれば大きなことができるという、
頭では分かっているけど、なかなかできないことをハイスタは教えてくれた。
世界を救うヒーローになんてなれっこないけれど、
世界を救うためにできることをちゃんとできる人間でありたい。